鎮火
「!」
魔力を感知し、昇は反射的にその場から跳び退る。足元には青い粘着質の液体状物質……スライムだろうか。それは床をジュウジュウ、と音をたてて溶かしつつ形成されていく。
「りゅ、硫酸系のスライムかよ?」
こんな物を、いつのまに創り出したと言うのか。己を陶酔させる詠唱は全く聞こえなかった。魔力の半恒常的な具現化は、一時的な具現化よりもはるかに高度な方程式を要すると言うのに。
叫びながらも昇の左手には呪符が。
右手には護身用のダガーが握られている。
「内なる流れよ、熱く昂ぶれ。眠れる血潮は我が力を覚醒せん」
身体能力を高める方程式が自らに挿入され、昇は全身に淡い燐光をまとう。それと同時に一足でスライムとの間合いを詰めた昇は、
「朱なる衣をまといし者よ、青き似姿を焼き尽くせ!」
踏み込みと共にスライムに突きを繰り出し、さらに呪符を貼り付ける。貼られた呪符は外側からその存在を消そうと炎を巻き起こし、ナイフに打ち込まれた魔術方程式は、対象の方程式を内側から破壊しようと力を働かせる。
「なっ!」
利いていない!
むしろ、ナイフの方程式がスライムを構成する方程式に押され、塩素臭を発しながら腐食され始めている。呪符の炎に至っては、一瞬で鎮火されてしまった。
咄嗟に昇は右足を開くことで体ごと右手を引き、ナイフをスライムから引き離す。それを待っていたかのようにスライムは自己の体を広げ、昇の体そのものを取り込もうとする。
阻んだのは、赤い光を放つ『刻印』。右手を添えて突きだされた左手からスライムに取り込まれるが痛みはない。スライムの方程式と『魔封じの刻印』が競り合っているのだ。