死神
「こんなもんかな」
額に浮かんでいた汗を右手の甲で拭い、昇は手袋をする。ほう、と疲れたように息を吐き出すと机をもとに戻し、教室を後にする。
「…………」
無言で昇は通路の窓に眼を向けた。なんとなく、ガラスの向こうの世界を直に感じたかったのだ。鍵を開け、窓をスッ、と引く。
春なのに、夜風は痛みを伴うように冷たく感じられる。三日月の明かりはひどく歪、かつ不完全。それを校舎の窓ガラスが反射し、自分が開けた窓から差し込む月明りが、昇の姿を不安げな影として通路の壁に映し出していた。
「ん?」
昇の眼下にも、一つの影。夜に浮かぶのは透けるような白い肌と、それに溶け合うような純白のローブ。栗毛色の頭髪が風になびき、青い眼光が刃のように昇に向けられている。
その手に携えているのは人の背丈程もある大鎌。三日月の光を反射させ、刃の断面から歩み寄って来る彼女の表情が微かに見えた。
大鎌を構えたまま、無機的にそれは呟く。
「……貴方を、殺しに来たわ。端山昇」
死神のごとく、昇を見上げる玲於奈の宣言が闇夜に響く。その瞳から伺える光は昇が見知った正気の色。魔術による暗示でもなければ、『死影』のような他者でもない。
「…………っ!」
口から洩れた、自身にすら聞き取れぬ一言は誰に向けたものか。あるいは現実に対する拒絶だろうか。
眼下の死神を、昇はただ凝視している。
「聞こえなくて? 貴方を、殺しにきたのよ」
そんな昇に言い聞かせるかのように冷徹な声で呟き、瞳を閉じた玲於奈は大鎌で弧を描く。